こんにちはいっかいです。
芸術を楽しんでいただくために、分りやすくお伝えする事を目的としてブログを書いています。
論破合戦をする目的ではないので予めご了承下さい。
さて、今回はキリコについて紹介します。(詳細についてはネットで調べてください。)
あくまで私の見解を紹介します。
通りの神秘と憂愁
キリコの世界はとても楽しいです。どこがいいのか説明しづらい画家です。
『形而上絵画』(けいじじょうかいが)という、実際にはない風景や物事を描くということを編み出しました。 後のシュールレアリスムに影響を与えます。
謎めいた世界観で少し覗き見たくなるような面白い世界観です。
特徴として長い影、西日のような光、止まったような時間、イタリアにありそうな建築物
ほとんど人がいない街や公園など
不安がらせる女神たち
どこかにありそうな街並み、しかしどこにも存在しません。
*トルソ的な彫刻なのか人なのか、変化に富んだ面白い形が並んでいます。
人の気配はしているのに、人がいないパラレルワールドに迷い込んでしまったかのような
不思議な魅力のある絵です。
*トルソーとは古代ギリシャやローマの彫刻で手や頭、足がないもの。胴体だけになってしまった彫刻。
神秘的な広場
はっきりいって意味不明です。あまり、頭を硬くしなほうが良いかもしれません。
太陽で何か精神的な事を示しているわけでもなく電気コードのようなもので太陽と太陽の影?が繋がっている。舞台の装置、あるいは人形劇の背景であるかのようなハコニワ的な面白さがある・・・・・逆に言うと、それぐらいしか無いとも言える。
絵そのものは、、上手く描こうという気負いは無く、線におおらかささへ見て取れます。
なので絵としてはやっぱり上手いです。
ただ内容は意味不明です。特に高度な芸術性を示すものは読み取れません。
イーゼルの上の太陽
キリコの絵はキリコ自信しか分らないような内容を結構盛り込んでいます。いや、本当に盛り込んでいるのでしょうか?
すべての芸術家が高度な精神性追求に至っているわけではありません。
そこまで行っていない芸術家は数知れず。
画家の精神性がどの程度であるかはあなた自身が見極める必要があります。
こういった類の作品を前にしたときは楽しむことです。
その画家が工夫して作り上げた世界観、アイディアにどんなものがあるのか?
映画に例えると分りやすいかもしれません。
物凄く為になる映画なのか、そんなことより楽しければいいのか。
映画を見に来た人はその映画の世界観に浸り楽しみます。
それと同じで、絵の世界観を楽しめればそれはそれでOKです。
こう云う絵をみて芸術とは何ぞやなんて考えないことです。
そもそも、そこまでの内容を作者が用意していないのですから。
「ん~~~芸術わからなーーい!!」という悪循環に陥るだけです。
なんだか謎めいていて深読みさせておいて、実のところ謎の答えがないのですから
永遠に謎は深まるばかりです。
「芸術わからなーい!つまらなーい」という悪循環に陥らないために
画家のレベルを見極めましょう。
今回は少し毒舌ぎみですが、私自身はキリコの絵は好きなんです。
画家のマグリットとも違った面白みを持っている画家だと思います。
今回ネット上で検索してみて見つからなかった絵があります。
アポリネールの詩集「カリグラフ」の為に作成したリトグラフが何作かありますが
非常におおらかな線で描かれていてわたしのお気に入りです。
芸術性の追求、精神性の追求、中途半端な芸術論、論破合戦はうんざり!!
_______となった時に、ではその次は?
実は人それぞれの人生観が表現できていればいいことに気が付きます。
その時、あれキリコの絵いいじゃんと意外と素直な気持ちで見れたりします。
絵そのものを楽しんで頂ければ幸いです。
最後まで読んでいただきありがとうございます。